大将の更新日記




VIVA! HONOLULU
【No.9】 2008年11月13日

ビバ!ホノルル!応援団結成に感謝

TEAM いば楽氣〜 主催

http://homepage3.nifty.com/sortilege/event/honolulu/honolulu.html

上記に詳細が書かれています。

そして、この応援企画に参加したい方は、下記から申込みをしてください。

http://my.formman.com/form/pc/JbRugIKaWJthpOGi/


※※※メッセンジャー北海道※※※ とは、何者と思われる方に簡単にご説明をさせていただきます。

代表は、らーめんみのりのおやじ/石崎道裕(52祭)自分勝手で楽しいと思うところに、いつでもどこへでも飛んで行き、愛と勇氣、元氣、そして極めつけはいつも『前向氣』なアホ。日本一のアホになるのが『夢』だとか・・・

みんなが困難と思う事や、やめときぃと思う事を率先して取り組む男です
今回は、めちゃくちゃ楽しい資金集めをかってでてしまいました。

はっきりいって、ちょっとだけ悩みましたが0.1秒でも0.2秒以内で引き受けてしまいました。

※ 大切なお金の振込先は、 

   @ ゆうちょ銀行 19070-44603111 (カ)ハイ ゲンキ
   
   A 北洋銀行千歳中央支店 普通 4059155 (カ)ハイ ゲンキ

現在、ホノルル支援金の方は、氏名の後に必ず『ホノルル』と
ビバ!ホノルル!応援団結成の応援企画は、氏名の後に『なるほどう』
栗城史多くんの応援グッズ購入の方は、『エベレスト』と記入を忘れずにお願いします。
   





人生はこうあるべき
【No.8】 2008年11月12日

熱い仲間が集う

☆めちゃくちゃ感動しました。予想を上回る参加者、遠くはニセコ町からも来ていただきました。参加して下さいましたみなさん、本当にありがとうございました。

内容は、一人ずつ自己紹介。そして『夢』や現在していること等々
みんな、熱い北海道が変わる瞬間です。そして、みんなが明るい。輝いている。

Aさんは、札幌、小樽中心に教育の在り方など真剣に取り組みたい

Bさんは、青年海外支援隊を通じ、その影響を受け、協力隊に参加し、看護師を目指し、シニア・ジュニアを中心にエチオピアなどに行き、その手助けをする。

Cさんは、てんつくマンを知り、107+1の上映会をはじめ中村文昭さんと出会い、そのてづだいを(耕せ隊)始める。そこで、悩める人や希望を持てる人材つくりに応援できる人になる

Dさんは、現在3人の子育て真っ最中の主婦。主婦が『夢』を持つことで輝けることに気づいた。もっと沢山の出会いから多くを学びたい。そして、これからの『夢』は現在のところ、模索中・・・・

Eさん、現在札幌を中心にスピリチュアルの絵を通し、さまざまな人々に希望を与えられる人になりたい、でもまだ何がどうすれば良いのかとか

後、すごいなぁーと思ったのは、この間の感動祭に全員が参加した方でした。鎌田茜ちゃんとの出会いで共鳴した方がほとんどで、
その中の主婦1名とカイロプラティクの先生が、なんと茜ちゃんのホノルル行きの発表と同時に一緒に行く決意。一人は茜ちゃんの息子、憩くんの面倒を見るためだけに、先生はとにかく何かあってはいけない、感動した。応援に行くと。

めちゃくちゃ頼もしい集まりになりました。茨城の『こうちゃん』そして、それを支える(よしこさん)、北海道からも熱い仲間が支えています。全員ゴール間違いなしですね。参加できない私は、お伊勢さん参りです。



次回の集い

□ 日 時 12月9日(火曜日) 午後8時から
□ 場 所  らーめんみのり
       千歳市錦町4丁目16-3
       0123-26-7111
※決まった事 @ 年会費 2.000円(1-12月)まで1年間
       A 月一回の定例会をする
       B 2-3月は、札幌市で集い
       C 5-6月は、ニセコ町で集い5-6月は、
       D 各種イベントの最強チームの結成と支援活動をする
       E 地域活性化の為の運動を展開する

   ☆ 次回の集いの持ち物は、自分の飲み物を忘れずに、終了後、     忘年会・差し入れ等を持参のうえ参加して下さい。

参加者で、当方お泊り希望者は、1泊朝食付き1.500円となっております。アルコールが出ます。自身の手料理大歓迎です。 





感謝・感激・感動の毎日
【No.7】 2008年10月22日

11月5日(水)イベンと情報

〔 主 催 〕 たまらなく『命』が愛おしくなる、お話し会
           メッセンジャー北海道(代表/石崎 道裕)

〔 講話者 〕 るいるいサンタ☆/渡辺 類子(37)
        http://mixi.jp/show_friend.pl?id=8217081
鎌田 茜(29)
        http://mixi.jp/show_friend.pl?id=6076651
      

〔 会 場 〕 財団法人修養団 伊勢道場・大講堂
  〒516-0024 三重県伊勢市宇治今在家町153番地
       TEL 0596-25-0265
〔 日 時 〕 平成20年11月5日(水) 午前10時〜12時まで
〔 会 費 〕 3.000縁 ( 当日会場にて集めます)
〔 定 員 〕 200名
〔 持 物 〕 ハンカチ・タオル

※ 二人の夢を叶える。支援金の振込先は、 

   @ ゆうちょ銀行 19070-44603111 (カ)ハイ ゲンキ
   
   A 北洋銀行千歳中央支店 普通 4059155 (カ)ハイ ゲンキ





イベントの案内
【No.6】 2008年07月19日

次回のイベントのご案内

北の大地『大・大感動祭り』 刺激は最幸

★チケット販売開始★

【日時】 2008年9月6日(土) 18:30〜(開場17:45)21:30 まで

【会場】 千歳市平安閣
     ※みのりの大将のプチ講演会&北海道を食べちゃおう※

【チケット代】4,000円(大交流会)

【申込方法】 http://www.412k.com/hokkaidou/form/9_6/mail2/mail2.cgi

※参加者全員の自己PRの場です。思い切り仮装して来てください※



☆☆トーク&ライブショー『癌になって気づいたこと』☆☆
  杉浦貴之藤田司鎌田茜伊藤ときよの4名

【日時】 2008年9月7日(日) 開場/16:30
17:00〜19:00 4人のトークショー
 19:20〜20:40 杉浦貴之ライブショー

【会場】 千歳市平安閣 チャペル (千歳市錦町4丁目) 100名限定
     ※杉浦貴之ライブショーは生演奏になにました※

【チケット代】3,000円

     ☆ 21:00〜22:30
【懇親会】3,500円 予測を上回るゲストが来ます。超お楽しみに
         サイン帳忘れずにお持ちください。
          
【申込方法】http://www.412k.com/hokkaidou/form/mail2/mail2.cgi



☆☆北の大地『大・大感動祭り』刺激は最幸☆☆
  大嶋啓介さんてんつくマンさん中村文昭さんの4名

【日時】 2008年9月8日(月) 開場/14:30)
   15:30〜16:45 てんつくマンの書き下ろし/限定30名
 17:00〜18:00 杉浦貴之ライブショー
18:30〜21:00 大嶋啓介さんてんつくマンさ中村文昭の講演会

【会場】 道新ホール (札幌市中央区大通西3丁目/道新ビル8F) 700名
     ※超スーパースターの競演です。前売券のみの販売です※
     ※北海道から日本を元気する講演会のスペシャルゲストのナニメン/吉井雅之さん・しもやん/下川浩二さんも応援に来ます。

【チケット代】3,000円
【懇親会】4,000円 氷雪の門(札幌市中央区南5西5丁目) 100名限定
         ここからが、いよいよ大盛上がりです。
         こちらのチケットは残りが少なくなりました。
       ※懇親会の定員数100名になりました。申し込みを終了いたします。
      
          
【申込方法】
http://www.412k.com/hokkaidou/form/9-8/mail2/mail2.cgi


【お問い合わせ】メッセンジャー北海道 代表 石崎 道裕
                  (mixiネーム 最幸 黄門)
        TEL 090+6269+5111
        FAX 0123+26+7111

当日、皆様にお会い出来ることを楽しみにしています。また、参加者全員にビッグなビッグなプレゼントをご用意しております。

※告知パンフレットの中に9月8日(月)の一部/15:30〜16:45 の中に上映会とありますが107+1の予告が抜けていましたことをお詫びいたします。また、時間は15:00〜予告上映しています。





29日(木) 「Life is strong!命・地球ありがとう!!北海道ツアー
【No.5】 2008年04月26日

杉浦 貴之さんをご存知ですか



闘病記ではない。腎臓がん、余命は半年。がんを克服したわけではない。それは、メッセンジャーとしての再生記。
杉浦貴之、癌サバイバー歴8年半!華の独身!青春真っ只中!!余命宣告を、日々一瞬一瞬更新中!!


http://homepage2.nifty.com/taka-messenger/plan.html


 メッセンジャー編集長兼変酋長の杉浦貴之です。1971年5月29日、愛知県西尾市に生まれ、今は宮崎県に住んでいます。趣味は歌。車の中では2度と再現不可能な歌を歌う。そしていつの間にかどこかの歌手の歌に変わっています。パクリじゃないですか。そして食べること。食事は人生最大のイベント!それが1日に3回もあるとはなんと幸せなことでしょう。夢は・・・何かで全国一周したい!全国縦断サバイバー駅伝か。

 ちょっとした、なんちゃって自分史を作ってみました。よかったら何かのお役に立ててください。  

幼いころからとても好奇心旺盛だったようです。世の中のいろんな疑問を両親や身近な人にぶつけていました。答えの多くは、「そんなこと考えるな、そういうものだと思え」というもの。それ以来あまり深く訊ねることを止めてしまったようです。

 保育園に入る前だと思いますが、自分以外に存在するものはすべて敵で、いつか襲ってくるのではないかとおびえることもありました。鮮明に記憶しています。どこの家庭にもある確執に、私は他の子どもたちに比べて、より敏感反応していたようです。彼ら、彼女たちはお互いの悪口や不満を私たち子どもにぶつける。そんな中で私は人のご機嫌を伺うことや人に合わせて自分を抑えることを身に付けてしまったようです。このときに形成された性格が、のちに患う大病にも影響を及ぼしたのかも知れません。しかしこのような運命を全然恨んではいません。母も、父も、祖母も、祖父も、それぞれが深い愛情を僕に注いでくれて、そしてそれぞれが自分の人生を懸命に生きていたのです。今の自分があるのはこの家庭に生まれてきたおかげであり、ここまで育ててもらったことにとても感謝しています。

 小学校、中学校、高校といわゆる優等生(超ではない)でした。生徒会長もやりました。親を喜ばせるため、社会で成功するためと勝手に思い込み、勉強もしました。人間関係で悩み、本当の親友なんていないし、人に溶け込むのが苦手でした。当然、恋愛も奥手で、高校にあがると人前で女の子と話すら出来ませんでした。

 1990年、名古屋の大学へあがり、何とかこのことを克服しようと誘われる合コンはすべて参加。まさに合コンの雨あられでした。合コン、合コン、雨、合コン(権藤、権藤、雨、権藤)。最初は楽しいというより、女性とコミュニケーションをとるのに必死な自分。数々の失敗のあと、何とかまともに女性と話もできるようになり、本物かどうかは別として、世間一般でいうところの恋愛の形を体験できるようになりました。
 また、小学校からやっている野球で成果があがったのも自信になる。あるときピッチャー(ノーコン!)も任され、4番(チャンスに弱い!)を打ち、ホームランもスタンドに放り込みました。苦しいだけの野球から、野球そのものを最後の1年で楽しむことができたのです。ただ人間関係については、自分を抑えて他人に合わせることによって、他人への恐怖を取り除いていったような感じでした。本当に意味では解決しておらず、問題にふたをしていただけ。

たまには明るい話題!大学4年生のときにホノルルマラソン、3時間57分で完走!!!間寛平と一緒にゴール。その2ヶ月後、今度はアメリカのマイアミで交通事故!!友人の運転するレンタカーで、対向車線の車とはげしく衝突。マイアミ警察24時間よろしくパトカーのサイレンがうなり、救急車を初体験。その後何度も救急車に乗ることになるとは、このときは知るよしもありません。

 会計事務所に入社。まじめに仕事に打ち込みました。素晴らしい会社でしたが、ここでも家庭内と同じように常に私は上司や社長の顔色を伺っていたのです。かなりの高給をもらい、外車に乗り、週末はゴルフで、夜はクラブと、楽しい思いもし、同級生と比較しては優越感に浸っていました。心身のコントロールができず、自分でストレスを作り出していることには気付きません。いつのまにか表面上の人間関係を無難にやり過ごす術を身に付け、それは本当の自分を抑えることであり、こんな生活は長くは続きません。

 ついに身体にきました。就職して6年半後の28歳の秋、1999年10月。腎臓がん宣告。ど根性ガエルのぴょん吉のごとく、飛び出してくるような勢いの腫瘍が眼前のボードに映し出されたのです。「早期発見ですか?」と見るからにそうではないとは思いつつも、最後の望みを掛けて訊ねる私に、主治医は明らかに次の言葉が出ずに困っている様子でした。
 先日、母親から聞いたのですが、「余命は早くて半年、よくもって2年」と告げられていたようです。ある日、母親が私のことを生きているのが不思議だと言っていた理由が分かりました。

私の腎臓がんが分かる2年前に同級生の友人をがんで亡くし、そのときに健康食品でがんが治るという本を読んだことがあって、その細い糸をたぐって這い上っていくことができました。しかし彼の壮絶な最期を見ていたので、度々恐怖にも襲われました。

 手術のあと2度の化学療法。きつかった。それでも病院を抜け出し、化学療法で毛の抜けた頭を帽子で隠し、悪友と男が喜ぶ店に行ってしまいました。これ以上話せませんが(笑)、かなりの自信になりました。そこで出会った女性は子宮頚がんを克服した女性で、かなり勇気をもらう。いろんなところに縁というものあるものです。人生に無駄はない!ただし良い子は真似をしないように。
 病院では感謝の涙ばかりでました。まわりの支えが本当にありがたかったです。ある人が私を見てこう言いました。「あなたに対するまわりの愛がコップに溢れて、それがあなたの生きる力を目覚めさせたのだよ」と。まさにその通りなのでです。

 こんな病気になっても3ヵ月後には、以前の職場に復帰しました。がんになっても、頑張りすぎる、強いところを見せたがる自分がいました。

やはり体調はよくならず、長野の穂高養生園に1週間療養に行かせてもらいました。そのときふっと自分の中にある思いが湧き上がってきたのです。このままじゃいけないと。長野の大自然が教えてくれました。人生において何を優先するかを。命だ!これは自分の心の叫びでもありました。
 帰ったらすぐに辞表を提出し、会社は快く、私の新しい旅立ちを祝福してくれました。その会社には、今でもお世話になっていて、温かく私を迎えてくださいます。

 ここから放浪の旅が始まります。2000年12月、長野の松川村で生活合宿を開催している松川ナリッシュに行きました。ここではマクロビオティック、仏教、瞑想について学びました。この世界を体験することによって、かなり心と身体が癒されていきました。

 そして旅に出ました。沖縄に行って、その後はバリ島!ここで俳優の山本太郎さんと日本食レストランで偶然に出会ったのです。親子で来ていて、初めて会った私に、真剣に心からアドバイスをしてくれました。図々しい私は帰国してからすぐ彼らの住む東京へ遊びに行き、彼らのおかげで、病気の原因が自分自身にあることが、ようやく分かりかけてきました。ヨーガも一緒に習い、心身ともに、徐々に回復に向かっていったのです。

もともと好奇心旺盛な私は、彼らの勧めで北スコットランドのフィンドホーンに行くことになりました。しかも一度帰って、3ヶ月半もの長期滞在をしてしまいました。素晴らしかったです。何の利害関係もなく、人間同士があたたかく接していた。世界中に友人ができ、そのときいっしょに過ごした友人からは、日本に帰ってからも、何かと助けてもらっています。がんを克服した人が何人もいました。

磁場のエネルギーが高いと言われるフィンドホーンに行けば、体調が良くなると信じて、長期滞在していました。そして、長く過ごすうちに頼るのは場所ではなく、自分自身だと感じ、予定より早く帰ってくることになったのです。

 フィンドホーンから帰国して次はハワイに行きました。そしてあの「9.11」のテロが起きました。ハワイではテロの当日も、何事もなかったかのように、アメリカ人も日本人もビーチで楽しんでいました。怒りや悲しみを引きずるよりも、やっぱりどんな状況でも一瞬一瞬を楽しんだ方がいいのでしょうか。アメリカ人の友人からすぐにメールが来ました。そこには「テロの原因はもともとアメリカに問題があり、これはアメリカのカルマだ」って書いてあったのです。星条旗を振りかざして、報復を声高に叫んでいる多くのアメリカ人の中で、こんな人もいたことに驚きました。次の日、星空観測ツアーに参加し、そのコーディネーターと「報復攻撃」について議論になってしまいました。彼は日本生まれで、帰化してアメリカの国籍を持っている人。彼は絶対に報復だと言います。「息子が殺されたら、絶対に、どこへでも殺しに行く」と。私は「自分が殺されても、親父には報復してほしくない」と言いました。最後には私の身体を気遣ってくれて、握手をして別れました。触れ合えば、言葉もなく分かり合えるのですね。

2000年の2月、フィンドホーンの縁で、音楽プロデューサーの牛島正人さんと出会いました。彼はスーザンオズボーンなども手がけているひとです。彼のボイストレーニングを受けて、身体がどんどん軽くなっていきました。すべてをゆだねて、解放して、ほんとうの声を取戻すというもので、声そのもので自然治癒力を高めていくといものです。牛島さんも余命あと1ヶ月という大病を経験されていて、たくさんのことを教わりました。何より牛島さんの存在が僕に勇気を与えてくれました。しばらくそこでスタッフとして働きました。

 こうやっていろんなところに行っていると学びも多い反面、その組織や人の思いや考え方にとらわれてしまってもいました。例えば、あるところで勉強していても、自分の感性を磨かないといけないはずなのに、その組織のフィールターを通して世の中を観るようになってしまったのです。自分の判断を放棄してしまっていました。でもこれは自分の責任です。またはいろんなところに顔を出すことによって分かったともいえます。だからすべて必然で、自分を成長させるために起こってるのですね。


牛島さんのところでスタッフとして働いて半年、2002年8月、初めての腸閉塞にかかり、7日間の入院を余儀なくされました。結局、今までのくせが抜けないままに働いたのが原因でした。人に合わせること、ご機嫌を伺うこと、無理をすること、そうしてまた神経をすり減らしてしまったのです。そしてその2ヵ月後、2003年2月、3月と立て続けに腸閉塞で入院をしました。
 最後の方は痛みがひどくなる前に自分で救急車を呼び、一人暮らしなので、自分で着替えなどの入院の準備を整えて、救急車が到着すると、「私です」と覚悟を決めて出て行くといった具合でした。いつも、深く思い悩み、焦っているときに食べ過ぎて、腸閉塞は起こります。思いが重くなり、腸を塞ぐのでしょうか。2003年11月にはまた「すわっ!腸閉塞か」というような激しい痛みに襲われました。その時は自分の手をお腹に当てながら、身体に感謝をささげつづけました。吐き続け、ある瞬間、痛みが解けるのが分かり、治ってしまいました。元気なときも、休まず働いてくれている身体に感謝をささげたいものです。

 たまには病気への不安にかられることもありますが、そんな自分を責めず、認めてあげることにしました。私はわがままで、女好きで、こわがりで、小心もので、せこくて、すぐにくよくよして、人に言うことをあまり聞かなくて、ドジな大ばか者だけど自分が大好きです。自然のリズムに沿って、本当の自分の思いに沿って生きれば病気は自然に姿を消すのではないでしょうか。私のまわりにはこんな人、たくさんいます。「そんなに人生甘くない」、「そんなに精神論ばかり言われても」、「あなたは運がいいだけだ」、こんな声も聞こえてきます。わかったようなことを言って、人生をあきらめるのだったら、とことん味わって、逃げずに自分と向きあって、力強く生きていきたい。命はそんなにやわじゃないです。

 
 実は、昨年の10月14日に、私の腎臓がん摘出手術から丸7年を経過しました。私にとっては、記念すべ7歳の誕生日。麻酔から激痛とともに目が覚めた時、この日が迎えられることは、想像すらできませんでした。その後、何度も倒れましたが、そのたびに何かをつかみ、また落としてはつかみ上げ、ようやくスタートラインに立つことができました。
  私自身がメッセンジャーになるにあたって、チャレンジャーとならなければなりませんでした。自分の限界を見切らない、常識にとらわれない、夢を追い続ける、こんなことを自分に言い聞かせながら、今まで自分でつくった自分の枠をぶっ壊すことにチャレンジしてきたのです。そして、それはこれからも続きます!


                              杉浦貴之

先日、東京まで出向きお会いしました。めちゃめちゃ感動しました。

是非、多くの人に知っていただきたいという思いで

下記日程にて、ライブを行います。

日時 5月29日(木曜) 〜 千歳 〜

杉浦さんの誕生日です〜 バースデートークライブショウ

★午後6:00開場 6:30開演8:30終了 

   9:00〜1030二次会

前売り券2000円(ワンドリンク付)当日券2500円です。

二次会は、3000円です

★場所 千歳市錦町4丁目 千歳平安閣電話 0123‐26‐1163

★問い合わせ先 0123‐26‐7111 090‐6269‐5111 ら〜めん「みのり」 

http://www.ramen-minori.com/ 

超満員でお迎えしたいので(400名)ぜひ参加してください。



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